【Agile Kata Series】Part 2 : アジャイルのカタの要素 – 改善のカタ / コーチングのカタ / アジャイル
今回の「アジャイルのカタ」シリーズは、Part 1の記事で触れたカタの要素を、もう少し詳しく説明していこうと思います。トヨタのカタ(改善のカタ・コーチングのカタ)と、アジャイルの要素についてです。
- Part 1 : アジャイルのカタの概要
- Part 2 : アジャイルのカタの要素 - 改善のカタ / コーチングのカタ / アジャイル
- Part 3 : カタ体験ワークショップの紹介 ~ Kata in the Classroom ~(近日公開予定)
- Part 4 : カタとバリューストリームマッピング(近日公開予定)
- Part 5 : カタの派生 - カンバンのカタ / プロダクトのカタ / EBM(近日公開予定)
トヨタのカタ
トヨタのカタは、「科学的思考の実践を通じて、適応力・改善力・革新力を生み出すために、マネジャーやチームリーダーが用いるティーチングの手法である」と定義されています。「科学的思考」とは、思いついたまま行き当たりばったりに行動するのではなく、仮説を持って実験しその結果をもとに次の仮説を考えて進めることを表します。ちょうど、科学者が行き当たりばったりに実験をするわけではないことと同じですね。
トヨタのカタ自体は目新しいものではなく、2009年に本が出版されるなど古くからあるものです。下記のサイトも参考にしてみてください。
トヨタのカタでは、改善のカタ・コーチングのカタという、2つのカタが導入されています。
改善のカタ
改善のカタは、「目標までの道が不確実なときに使う、汎用的なルーティン・パターン」です。改善のカタは、以下の4ステップに分かれており、ステップ1~3は計画フェーズ・ステップ4は実行フェーズに分類されます。計画フェーズを時間をかけずに定めた後、実行フェーズを仮説を立てながら繰り返しサイクルを回す流れで進めていきます。
「ターゲット状態」とは、数日から数週間を想定した短期的なゴールです。ターゲット状態は、その名の通り状態なので、「***を実行する」ではなく「***となっている(計測可能な)状態」と表されます。
ステップ4で使用されるPDCAサイクルの記録フォームを以前取り上げたことがあるので、下記にその時の資料を引用します1。特徴的なのは、「何を期待するか」を実験"前"に仮説を立てておき、実験"後"にその「結果」と比較することによって「学び」を得て、次のサイクルに活かす点です。
コーチングのカタ
上記の改善のカタに沿って、学習者が改善のプロセスを進めていきます。その際、コーチは学習者を支援する目的で、1日20分以内を目処にPDCAサイクルの記録フォームを参照しながら、以下の質問を行います(先程の改善の型、コーチングの型 | ドクセルから引用します)
コーチは、学習者がどこで詰まっているかを、5つの質問を通じて理解します。例えば、「3. 目標達成の障害物は何?」において、曖昧な答えや障害物が何か分からないという答えが返ってきた場合を想定します。曖昧なまま改善策を実行しても、効果が出ない可能性も高いでしょう。その場合、コーチは「まず、障害物を特定するために、プロセスを観察しに行きましょう」と提案することが望まれます。
アジャイル
アジャイルについては、トヨタのカタより馴染みがある方も多いかもしれません。ここではAgile Kataの書籍を参考に、アジャイルの各要素の説明だけでなく、上記の2つのカタとの関連についても触れながら説明します。
アジャイルマインドセット
アジャイルマインドセットは、アジャイルマニフェストの価値や原則に基づく考え方や態度のことです。「アジャイルのカタ」と名付けられていることからも、このマインドセットはアジャイルのカタの基盤となるものです。
アジャイルは、単一のプロセスや方法論ではありません。アジャイルのカタは、スクラムなどの特定のプロセスに依存しない仕組みです。スクラムやカンバンの代わりに使用することも併用することも可能です。そして、それはアジャイルのマインドセットを反映したものでしょう。
価値に基づく計測
アジャイルでは、顧客やユーザーの価値を重視しています。この考え方は、アジャイルマニフェストの原則「顧客満足を最優先し、価値のあるソフトウェアを早く継続的に提供します」といった形でも垣間見えるでしょう。
アジャイルのカタでは、改善のカタの「2. 現状を把握する」や「3. 次のターゲット状態を設定する」ステップに関連しています。これらのステップで、顧客やユーザーの価値に焦点を当て、それらを計測可能な状態にすることで、自分たちが望む方向に進んでいるかを確認できます。
価値に焦点を当てるために、以下の2つのアプローチが紹介されています。
- EBM (Evidence-Based Management):重要価値領域(現在の価値(CV)、未実現の価値(UV)、市場に出すまでの時間(T2M)、イノベーションの能力(A2I))を計測対象として活用する
- OKR (Objectives and Key Results):Objective(目標)を組織全体で共有し達成するためフレームワークとして利用する。合わせて、Objective達成に向けて、アジャイルのカタを規律ある小さなステップを踏むアプローチとして併用する
EBMの重要価値領域の詳細は、EBMガイドもしくは、以下のDevOpsDays Tokyo 2024登壇資料でも簡単に触れているので、こちらも参照ください。
アジャイルコーチング
トヨタのカタでのコーチと学習者は、基本的に上司・部下の関係で、コーチングも1対1の関係でした。アジャイルではチーム単位を基本とするため、コーチングもチームが対象となります。
アジャイルコーチングにおけるコンピテンシーは、例えばAgile Coach Competency Frameworkなどがあります(日本語訳されたものはこちらのサイトで公開されています)。
これらのコンピテンシーに加えて、改善のカタ・コーチングのカタによって、科学的思考のスタンスを追加できます。
コラボレーション
アジャイルにおけるコラボレーションでは、自己組織化・自己管理・自律性・オーナーシップの文化を重視します。コラボレーションを促進する手法を、参考リンク付きでいくつか紹介します。
- ダイナミックリチーミング
- ペアリング・モブワーク
- ハッカソン
- オープンスペース
- リベレーティングストラクチャー
アジャイルリーダーシップ
アジャイルのカタでは、リーダーは以下のような重要な役割を担います。
- 改善のカタの「1. 方向性やチャレンジを理解する」において、チームにとって大胆で意欲的なチャレンジを定める
- 定義したチャレンジに向かって、チームが実験を重ね、障害を解決して生産性を高めるのに役立つ環境を作る
組織やチームに変化を起こしてそれを定着させるためには、以下の観点を意識する必要があります。
- 集団的な目的の形成:チャレンジや方向性として、解決すべき価値のある問題を特定する
- プロセスよりもマインドセットを重視:アジャイルや科学的思考のマインドセットを、チーム全体に根付かせる
- 柔軟性を持つ:科学的思考とアジャイルの価値・原則を基盤に、ツールやプラクティスの使い方に柔軟性を保つ
- 関係性の重視:コマンド&コントロール型の管理スタイルではなく、同僚やチームメンバーとの関係性を育む
- 集中力を維持する:複数の改善やゴールに同時に取り組むのではなく、直近のターゲット状態に集中させる
また、アジャイルな組織へと変革するには、その変革のアプローチ自体もアジャイルであるべきです。つまり、事前に決めた計画をそのまま実行するのではなく、方向性を戦略的に使用しつつ・小さな目標に向けて戦術的に実験を繰り返すプロセスが必要です。まさに改善のカタが、この組織変革のアプローチにそのまま適用できることでしょう。
今回は、アジャイルのカタの要素を紹介しました。記事が長くなるので今回は割愛しましたが、私がカタのどの辺に惹かれているかや、オリジナルのトヨタのカタと比較したアジャイルのカタの利点など、私目線の所感も述べると面白そうだなと考えています。
アジャイルの要素を紹介するときにも参照しましたが、今回の記事で興味を惹かれた方は、2024年12月に出版されたばかりの下記の本もオススメです。アジャイルのカタの構成要素や想定ユースケースなどが詳細に記載されているので、より深くカタを知れることでしょう。